高松高等裁判所 平成8年(ネ)536号 判決 1997年4月22日
控訴人・附帯被控訴人(以下「控訴人」という。)
日の丸タクシー有限会社
右代表者代表取締役
松浦音明
右訴訟代理人弁護士
重哲郎
被控訴人・附帯控訴人
岩崎太郎
(以下「被控訴人岩崎」という。)
被控訴人
増田美紀
(以下「被控訴人増田」という。)
右両名訴訟代理人弁護士
宇都宮嘉忠
主文
一 控訴人の控訴を棄却する。
二 被控訴人らの附帯控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。
1 被控訴人岩崎は、控訴人に対し、金三万四七五七円及びこれに対する平成三年四月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被控訴人増田は、控訴人に対し、金四万七五三九円及びこれに対する平成三年七月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 控訴人の被控訴人らに対するその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを四分し、その三を控訴人の負担とし、その余を被控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 控訴人の控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。
2 被控訴人岩崎は、控訴人に対し、金一九万五九二〇円及びこれに対する平成三年四月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 控訴人増田は、控訴人に対し、金九万四七九六円及びこれに対する平成三年七月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
4 被控訴人らの附帯控訴をいずれも棄却する。
5 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
6 2、3項につき、仮執行の宣言
二 被控訴人ら
1 控訴人の控訴を棄却する。
2 被控訴人らの附帯控訴に基き、原判決中被控訴人ら敗訴部分を取り消す。
3 控訴人の被控訴人らに対する請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は、第一、二審とも控訴人の負担とする。
第二 事案の概要
一 本件事案の概要は、原判決事実及び理由「第二 事案の概要」記載のとおりであるから、これを引用する。
ただし、原判決四枚目裏三行目の「代替労働」の次に「(車両・車庫・事務所の修理、点検、清掃、無線配車の手伝い、その他の事務処理の手伝い等)」を、同五行目末尾に続けて「ことに、控訴人会社では、事故が発生した場合、修理技術を持つ運転手を運転業務から外して事故車の修理に従事させ、その代わりに空いた車両に事故車の運転手を配置して運転業務を継続させているので、この場合、本来休車損害は発生しない。仮に発生するとしても、事故車の運転手への給料の支払はその代償として代替労働が行われているのであるから、少なくとも支払った給料の五〇パーセントは控訴人が免れた利益として損益相殺すべきである。」を、それぞれ加える。
二 (当審における追加主張)
1 乗務手当、残業手当、深夜手当、歩合給及び職務手当(以下「乗務手当等」ともいう。)を休車損害から控除することの当否。
(控訴人の主張)
控訴人は、労使間の労働協約によって、休車期間中も乗務員に対し、乗務手当等を支給することになっているので、休車損害の算定において乗務手当等を控除(損益相殺)すべきではない。
(被控訴人らの主張)
一回毎の乗務に直接結びついた経費である乗務手当等は、乗務がなければ支払の対象とならないから、休車により負担を免れた経費として、休車損害から控除すべきである。
仮に、控訴人が運転手に対し、右乗務手当等を支払っているとしても、労働協約に基づき労働者の福祉を図るために出捐したものであって、本件事故との間に相当因果関係はなく損害賠償の対象とならない。
2 控訴人車の休車期間
(被控訴人らの主張)
控訴人中村車の現実の修理期間は一日間であり、控訴人江戸車のそれは1.25日間であるから、右修理期間を休車期間とすべきである。
(控訴人の主張)
社会通念上合理的な修理期間は、控訴人中村車が四日間、同江戸車が二日間であるから、右修理期間を休車期間とすべきである。即ち、控訴人は、控訴人を一方当事者とする交通事故が発生した場合、愛媛日産自動車(株)の修理工場で修理日数、修理金額を見積もって貰っているが、本件事故の場合に見積もってもらったのが右日数である。
控訴人車の現実の修理期間は、被控訴人ら主張のとおりであるが、控訴人車が現実に稼働し得たのは、控訴人において労働時間外を利用した夜間修理の結果であるに過ぎない。
3 交通事故で休車した車があっても、他の車に無線配車することにより営業収益(水揚げ額)を填補できるかについて
(被控訴人らの主張)
(一) 従前の判例上に現われた休車損害の算定について、失われた水揚げ額から免れた経費を控除して休車損害を算定するという古典的議論が殆どであった。これは、従前のタクシーの乗車機会がほとんど「流し」による乗車であり、無線を効率的に使用した無線配車が主体となっていなかったからである。
ところが、実車率を高めるため控訴人会社を含む各タクシー会社は、各車両に無線機及びその現在位置を表示する機器を取付け、電話による依頼を受けた場合、直ちに最も近くを走行、待機している車両に無線により指示を出し、乗車させることが主体となっている。つまり、各タクシー会社とも、ハイテク機器による効率化によって、手持ち車両があたかも増加し、余裕の車両を数台保有しているかのような現象を発生させているのである。
控訴人会社は、乗車機会の少なくとも五〇パーセントを無線配車しているが、無線配車すべきタクシーが多数あるため、一時期実働車が一台減じたとしても、客からの要請を断ることなく他の二七台のタクシーに振り分け、水揚げ額の確保ができるようになった。
(二) 控訴人中村車及び江戸車の本件事故直後の控訴人会社の全タクシーの乗車状況を運転日報でみると、どの時間帯でも十分余裕のある台数が客待ち状態で待機しており、車両が足りなくて無線配車ができない状況は全くない。
料金が一〇〇〇円未満の短距離の場合、一乗車から次の乗車まで一〇分以内であるから、一〇分後には客待ちの待機状態にある。また、一〇〇〇円以上の長距離客の場合でもほとんどの場合、一〇分程度で次の乗客を乗せているから、三〇〇〇円を超えるような長距離のほかは、一乗車から次の乗車までの間に二〇分の余裕があれば客を待つ待機状態にある。
因みに、三〇〇〇円以上の長距離客はタクシー一台当たり一日に一回位である。
(控訴人の主張)
(一) 控訴人会社の乗車機会の五〇パーセントは無線配車によるものであることは認め、その余は争う。
(二) 電話で乗車申込みをする客の殆どはいわゆる「お得意さん」であり、予約時間の少なくとも「二、三分前、交通の混雑時には五分前」に予約の場所に行くように心がけており、しかも客はタクシーが到着しても五分や一〇分位タクシーを待たせることはよくあることである。ことに夜の宴会の予約客や結婚式の客等は、タクシーの予約台数も多く、タクシーが到着しても一〇分以上長ければ二〇分位待たせるものである。このようなことからすれば、二〇分もあれば客待ち状態とはとてもいえず、まして、一〇分位で次の客を乗せられるのは、余程スムースに行動できた場合だけであり、被控訴人らの主張は実情無視も甚だしいものである。
また、無線配車は空車に割り当てられることになるが、空車の中には、①客迎えの車、②配車に適しない位置にいる車等があり、午前八時から同一〇時まで、午後〇時から二時、午後五時半から八時、午後九時から一〇時、午後一一時三〇分から午前二時は、控訴人会社にあっては配車する車がないのが実情である。特に風雨時や大寒、猛暑時は稼働時間の殆ど全時間に及ぶ。
第三 証拠関係
証拠関係は、原審記録中の書証目録並びに当審記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
第四 当裁判所の判断
一 乗務手当、残業手当、深夜手当、歩合給及び職務手当を休車損害から控除することの当否等
1 証拠(甲八の一ないし一一、四〇、四三、四四の一、二、四五、当審証人谷本章、当審における控訴人代表者)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。
(一) 控訴人会社は、小型車一八台、中型車一〇台を所有し、運転手六四名を雇傭し、車一台について二人乗務のいわゆる一車二人制をとっている。運転手は隔日勤務に従事し、月当たりの乗務日数は一三日である。
控訴人会社の運転手六四名及び車二八台は右の勤務態勢によりフル稼働しているので、一台が交通事故に遭うと、代りに乗務できる予備の車は残っていないし、運転手の休暇の割り振りで損害を容易に回避できない。
また、交通事故による修理で休車すると、控訴人は、その運転手にさせる適当な仕事がない(運転以外の労働はそれぞれの担当社員がおり、その社員の労働で賄える。)ので、やむなく運転手を帰宅させている。
(二) 控訴人は、運転手の給料として、基本給のほか、乗務手当(一乗務につき定額を支給する。)、家族手当、残業手当、深夜手当、歩合給、職務手当(月間総水揚げの一定額を超える毎に定額で支給するのが職務給、定率で支給するのが歩合給である。)、役職手当、公出手当、遠距離手当、通勤手当等の諸手当を支給している。そして、運転手が修理等で乗務する車がない場合、労使間の平成三年五月の労働協約(甲四〇の「念書」と題する書面)により、控訴人は、その運転手に対し、平均水揚げがあったものとして、乗務できない日ないし時間の給与を支払う旨の取決めがなされた。右文書化する以前においても、労使間の口頭の取決めにより同様の取扱いがなされていた。
(三) 控訴人は、控訴人中村車が休車した期間、同車に乗務していた中村真稔及び岩本年政に対し、また控訴人江戸車が休車した期間、江戸美夫及び河田猶廣に対し(甲四三)、いずれも右取決めに従い事故が発生して車に乗務できなかった日時の給料を、同人らが乗務したときと同様に支払った(甲八の1、2、四四の1、2)。
2 右認定の事実によれば、控訴人は、事故車を修理して休車した期間、中村らへの給料の支払を免れていないので、休車損害の算定につき、乗務手当等を損益相殺すべきではない。また、乗務手当等の支払は、労働者の生活保障を図るうえで社会的妥当性を有するうえ労働協約に基づくものであるから、本件事故と相当因果関係にある損害であると解するのが相当である。
被控訴人は、修理期間中は、運転手を代替労働に従事させられるから、それに支払った給料は休車損から控除すべきである旨主張するが、控訴人会社では、運転手に適当な代替労働がなくて帰宅させているのであるから、右主張はその前提を欠き失当である。
なお、被控訴人は、控訴人会社が予備車を備え、運転手の休暇を割り振る等しておれば休車損害を免れることができたので、本件事故と休車損害との間には相当因果関係がない旨主張するが、採用できない。控訴人は、他人からの不法行為に備えて無駄な出費を強いられる理由はないし、右認定のとおり、運転手の休暇を割り振ることによって容易に休車損害を回避できる状況にもないからである。
二 休車期間について
控訴人車の実際の修理期間は、控訴人中村車が一日間、同江戸車が1.25日間であることは争いがないところ、右修理期間を休車期間と解するのが相当である。
控訴人は、社会通念上合理的な修理期間をもって休車期間を算定すべき旨主張するが、控訴人中村車・江戸車が現実に休車した期間以外は、同車が稼働し損害が生じていないのであるから、控訴人の右主張は採用できない。
三 事故で休車した車があっても、他の車に無線配車することにより営業収益(水揚げ額)を填補できるかについて
1 控訴人会社は無線による配車を実施しており、その配車割合は全乗車の五〇パーセントであることは当事者間に争いがない。
2 被控訴人会社の全営業車二八台の客待ち状態
証拠(甲一、六二の四ないし四九二のうち平成三年四月五日から同月七日までの部分、六三の四ないし四六〇のうち同年七月七日から同月九日までの部分)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。
控訴人中村車及び同江戸車の本件事故直後三日間について、控訴人会社の営業車二八台の乗車及び空車状況を検討するに、料金が一〇〇〇円未満の短距離の場合、一乗車から次の乗車まで一〇分以内あれば可能であり、一〇〇〇円以上の長距離客の場合でも、二〇〇〇円以下の場合、一〇分から一五分程度で次の乗客を乗せることができているから、二〇〇〇円を超えるような長距離客のほかは、一乗車から次の乗車までの間に二〇分の余裕があれば客を待つ状態にある。因みに、三〇〇〇円以上の長距離客はタクシー一台当たり一日に一回位である。
そこで、控訴人が乗車客の多いと主張する時間帯につき、二〇〇〇円以下の乗車で次の乗車までに二〇分を経過して空車状態となっていると認められる車両を車両番号毎に拾い出してみると、別表のとおりとなり、右時間帯においてすらほとんどの時間帯において稼働車の半分以上の空車車両が存在する。また、一乗車の水揚げ額は半分以上が一〇〇〇円以下であり、乗車後二〇分を経過しないでも空車になるから、実際は別表以上に待機中の空車があることになる。
もっとも、空車の中には、①配車に適しない位置にいる車、②客を迎えに行く途中の車、③予約場所での客待ち状態の車、④休憩時間中の車等があって、無線配車できない車も存する。
また、平成三年一月から三月まで(控訴人中村車の事故前三か月)の控訴人の実働車の実車率(実車走行距離を空車走行距離と実車走行距離の合計で除した率)は52.0%、同年四月から六月まで(控訴人江戸車の事故前三か月)の実働車の実車率は51.6%である(甲一)。
3 填補水揚げ額
以上のとおり、乗車客の多い時間帯においても右のとおりの待機中の空車が多いこと、及び控訴人の実働車の実車率が五割強であることを考慮すれば、控訴人会社は、事故で休車した車があっても他の車に無線配車することで、休車した車の無線配車による水揚げ額(水揚げ額の五〇パーセント分にあたる。)のほとんどを填補することができ、その填補水揚げ額は、待機中の空車があっても無線配車に適応できない車もあることを考慮して、少なくとも事故車の無線配車による水揚げ額の八割(事故車の水揚げの四割)と推認するのが相当である。
4 填補水揚げを得るために必要な給料及び経費
右填補水揚げ(事故車の水揚げの四割)を得るために、控訴人は、他の車の運転手に対し、填補水揚げ額に応じた給料を余計に支払い、かつ、その車の経費(ガス代、タイヤ代、オイル代、車の損耗)を別途負担しなければならないことになる。
即ち、控訴人会社の給与体系は、運転手に対し、水揚げ額が増加すれば、その増加分の三八パーセントの能率給及び四六万五〇〇〇円以上一万円増す毎に一〇〇〇円を加算した職務給を支払うことになっている(甲八の1、2、四五)。そうすると、填補水揚げを得るために控訴人が余計に支払わなければならない給料は、填補水揚げ額の四割を下らないと推認される。
また、控訴人は、事故車の休車によりその車に要する経費の負担を免れるが、他方、他の車で填補水揚げ額を得るため、別途経費を必要とするところ、その経費は、填補水揚げ額が事故車の水揚げの四割であることに鑑み、控訴人の実働車一台の一日平均の経費の四割を認めるのが相当である。結局、控訴人は、本件事故による休車により、実働車一台の一日平均の経費の六割(1−0.4)の負担を免れたことになる。
四 休車損害の算定
一ないし三で検討したところに従い、休車損害を算定する。
1 証拠(甲一、二)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。
平成三年一月から三月まで(控訴人中村車の事故前三か月)の控訴人の実働車一台の一日平均の運賃収入は四万八八四六円、同年四月から六月まで(控訴人江戸車の事故前三か月)のそれは五万二九二四円である。
また、平成三年の控訴人の実働車一台の一日平均の経費は、中型車について三九四四円、小型車について三六五二円である(甲二)。なお、控訴人中村車は中型車、控訴人江戸車は小型車である。
2 控訴人中村車の休車損害額
4万8846円(一日平均の水揚げ額)−4万8846円×0.4(無線配車による填補水揚げ額)+4万8846円×0.4×0.4(填補水揚げ額を得るための給料)−3944円×0.6(休車により免れた経費)=4万8846円×{1−0.4×(1−0.4)}−3944円×0.6=3万4757円(円未満四捨五入、以下同じ。)
3 控訴人江戸車の休車損害額
(一日当たり) 5万2924円×{1−0.4×(1−0.4)}−3652円×0.6=3万8031円
1.25日分 四万七五三九円
第五 結論
以上によれば、控訴人の本訴請求は、不法行為に基づき、被控訴人岩崎に対し、損害賠償金三万四七五七円及びこれに対する本件事故日である平成三年四月四日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を、被控訴人増田に対し、損害賠償金四万七五三九円及びこれに対する本件事故日である平成三年七月六日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を、それぞれ求めることができるので、右の限度で認容すべきであるが、その余の請求はいずれも失当であるからこれを棄却すべきである。
よって、控訴人の控訴は理由がないからこれを棄却し、被控訴人らの附帯控訴に基づき原判決を右のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官大石貢二 裁判官馬渕勉 裁判官一志泰滋)
別表<省略>